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枚方市・紹介

 当サイトのある枚方市は昭和22年に大阪府で12番目の市として誕生、大阪府の北部に位置し京都府と隣接しています。当時は4万人程だった人口も現在(平成10年)では40万人をはるかに超える数となっております。

 市内では、旧石器時代・縄文時代の遺物も採集されていますが、大規模な集落が営まれるようになったのは、弥生時代中期以降のことです。三角縁神獣鏡6面を含む8面の青銅鏡を出土した万年寺古墳や、100m規模の牧野車塚古墳・禁野車塚古墳は、当時を支配した豪族の政治・経済力を表しています。

 いつの頃から「ひらかた」と呼ばれるようなったのは定かではありませんが、『日本書紀』には「ひらかたゆ笛吹き上る近江のや毛野の稚子い笛吹き上る」という歌が残されており、『播磨国風土記』には「河内国茨田郡枚方里」と記されています。

 江戸時代に入ると、東海道をはじめ全国的に宿駅制度が整備され、岡新町・岡・三矢・泥町の4か村は枚方宿に指定されました。また、淀川を上下する過終戦書船の中継港でもある枚方は、京・大坂間の交通の要衝となりました。枚方宿には本陣のほか、旅籠32、商職人47、茶店7軒などが軒を並べ、枚方浜は船着場として賑わいました。三十石船の乗客に「餅くらわんか、酒くらわんか」と野卑な言葉を浴びせて酒肴を売りつけた茶船は「くらわんか船」と呼ばれ、枚方の名物になりました。(枚方市公報より)


菊と枚方

 「枚方といえば菊」というイメージは、数年までひらかたパークで行われていた「ひらかた大菊人形」がきっかけです。
 明治43年、京阪電鉄が旅客誘致策に、木やわらなどでできた人形に菊の衣装を着せた菊人形展を香里遊園(寝屋川市)で初めて開催。大正元年に場所を枚方に移した菊人形展は「ひらかた大菊人形」として親しまれ、その美しさに最盛期には80万人を超える観客が訪れました。また、菊人形を制作する菊師や人形師が集まり、菊人形に使う菊の栽培も市内で行うようになりました。
 こうした盛り上がりの中で、市は、市民にも菊作りを普及させようと、昭和31年から「菊花展」を開催し、毎年多くの市民が出展しています。昭和42年には市民公募で市の花に菊を制定。昭和17年に来場者の減少などで「ひらかた大菊人形」は幕を下ろしましたが、その伝統を市民文化としてよみがえらせようと、翌年市民による菊人形づくりも始まり、「菊のまち・枚方」の伝統は今に受け継がれています。枚方にとって「菊」は歴史的に特別な花なのです。(枚方市公報より)



市の西側を淀川が流れ、中央部を国道一号線が縦断し、一号線をまっすぐ北上すると「名神高速京都南インターチェンジ」を過ぎて京都「東寺」にでます。

 中小企業団地、既製服団地、家具団地など企業団地があります。また、関西外国語大學、国際大学、大阪歯科大、関西医大などがあり大学生、留学生の姿もよく見かけられます。

 二十年ほど前までは田んぼも多くありのどかな田園風景が広がっていました。しかし、現在では宅地化が進みその風景もほんの一部を残すのみとなってしまいました。

 そんな中、市のほぼ中央に位置する大阪府営「山田池公園」は緑の残る憩いの場として、地元の人たちのみならず遠くからも数多くの人々が足を運んでいます。約100品種、約15万本の花菖蒲が咲き乱れる花菖蒲園は有名です。周囲3キロほどの池を取り囲むように周回散策コースがあり四季折々の草木が植えられています。春は紅梅、白梅が咲きウグイスのさえずる声も聞くことができ花の観賞に、バードウオッチングに、フィッシングに、ウオーキングに、ジョギングにと多くの人に親しまれています。
秋の夕暮れ水面を望む
    「山田池公園」2005年秋の夕暮れ水面を望む
秋に咲いた彼岸花
2005年秋に咲いた彼岸花
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